33歳からの介護再就職!10年働いて体感した介護業界の未来と転職のすすめ

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今回は介護施設で約10年働き、最近になって他の施設へ再就職した男性の体験談をご紹介。

メディアでは介護業界の過酷さや、深刻な人手不足を嘆く声が大きいですが、果たして実際に働く人たちからはどう見えているのか。

他業種への転職も考えながら、再び介護の現場へ転職した男性のリアルな声を聞いてください。

需要の多さとは裏腹に待遇面は改善すべき点が多い

悩む男性

私は現在33歳になる男性介護士で、施設介護を10年ほどやっています。

私は最近になって転職をしました。

介護をされている方なら実感とともに納得してもらえると思いますが、需要の多さとは裏腹に待遇面ではまだまだ改善してしかるべきところが多々ある仕事です。

世間では介護サービス料の負担割合増が議題にあがるたびに否定的な声が出ています。

実際、そうなのでしょう。介護サービスを利用したくてもお金がないとなればそれも仕方ないと思います。

しかし一方、安定的な財源が確保されているわけでもなく年々介護サービスを受ける人は増えていき、政府も在宅での生活を前面に押し出してはいますが将来が不安な方も多いと思います。

収入より支出が増えれば、当然のように赤字です。

そして介護の仕事の実態は、3K(くさい、汚い、きつい)とも揶揄されるように肉体労働であり、精神的にもストレスを抱えやすい仕事です。

また肉体労働がゆえに、定年までバリバリ現場で働いている介護士はかなり少ないのではないのでしょうか?

給与面でも、仕事の多さを考えれば一般のサラリーマンとの差額を聞くたび溜息が出る人も多いと思います。

私もそんな一人で、動けるうちにと転職を考えました。

ずいぶんいろいろ悩み、考え、そして今に至る物語をお話ししたいと思います。

介護職との出会いは求人広告がきっかけ

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私と介護の出会いの最初は求人広告でした。それでわかる通り、それまで介護との接点はありませんでした。

当時は手に職をつけるつもりで今後を考えてはいましたが、そうそううまい話は転がっていなく、どこも戦力としての求人ばかりで教育に力を入れているところはほぼなかったのです。

そんななか、介護の仕事を選んだポイントは求人数の多さ、人の役に立てるという社会的にも誇れる仕事であるという点です。

そして見つけた職場は、教育にも力を入れている施設でした。

そうして、私の最初の職場と出会いました。

勤務先は要介護3~4の介護施設

私が勤務していた施設は、市中心にある駅からのアクセスも悪くないところにある老人ホームです。

住宅街の中にある閑静なところで、緑も多いのですが最近になって住宅の建築が進み、人も増えてきました。

定員も40を割るほどとそれほどは多くなく、利用者さんものびのびとした生活を送っています。

要介護度は平均では3~4ですが、寝たきりの方や医療処置の必要な5の方も入所されています。

ずっと入所されている方が、年齢を重ねADL(日常生活動作)が低下してきた例も多く、身体介護割合は多めです。

私はそこに介護士として、まったくの未経験で飛び込みました。

それも単なる未経験ではなく、社会経験も不足しておりその面でも職場に苦労を掛け、私自身も現実というものを思い知らされました。

今だからわかることですが、老人ホームで生活するというのはたくさんのお金が必要になってきます。

アパートなどの賃貸物件に入居するのとは違い、生活全般にサポートが必要な場合がほとんどなので当然ではあるのですが、生活するためとはいえ「たくさんのお金を払っている」意識の高い方も多く、介護職といえどもサービスの質が問われる時代です。

そこに未経験の若造が飛び込んでいったわけですから…。

思い返せば恥ずかしいこともたくさんやってしまいましたが、そういった経験も今の自分の一要素にはなっているかな、と思います。

数年間働いて分かった介護業界のリアル

介護に疲れた男性

そうして身も心も鍛えられながら1年過ぎ、2年過ぎ…。

業務内容も排泄や入浴など生活の援助だけではなく、新人職員の指導や月ごとの行事担当など、介護業務以外の仕事もだんだんと多くなっていきました。

私が勤務していた施設は、病院系列の一施設で研修会も頻繁に開催されていました。

介護といえば身体介護と並び、認知症疾患のある利用者さんの対応も重要なポイントです。

原因はさまざまあり、細かく見ればアルツハイマー型、脳血管型、レビー小体型などありますが、症状は似通っている部分も多いです。

目的もなく歩き回る徘徊、帰る場所もよくわからないが「うちに帰る」と訴える帰宅願望、突然怒り出したりなど暴言、暴力…

施設内に限らず、「あれ、この人また同じ話をしている」「こないだした話を覚えていない」など身近な人物からも感じる方もいるかと思います。

それを「ぼけてしまった」と嘆くだけでは済まないのが当人と家族、周りの人たちで、生活自体がままならなくなってきます。

そこで施設などに預けることになるわけですが、では介護を生業とする介護ヘルパーならばそんな利用者さんとうまく接し、導いてあげることができるでしょうか。

全員が出来るわけでもなく、対応を難しく感じ、ストレスになってしまう人が多いのではないかと思います。

医者や看護師なら医療の専門家、作業療法士や言語聴覚士ならリハビリの専門家。では、介護ヘルパーはなんなのでしょう。

施設に入れれば安心だ、ここで穏やかに生活できると期待し、大事な親を預ける家族は、介護ヘルパーをどういう存在としてとらえているのでしょう。

介護職は利用者の「いつもの生活」を維持する仕事

現場では、そんな利用者さんに接する時間が一番多いのが介護職です。

介護職に求められるのはその人の「普段」、いつもどういうふうに食事をするのか、どんな表情をするのか、どんな生活を送ってきたのか…。

そんな「いつも」の生活を維持することが、介護ヘルパーに求められることだと考えます。

心配事を抱えていたり、体調がよくなかったり。そういった状態も、「いつも」を知っていればこそいち早く気づくことができるのが介護ヘルパーです。

介護の専門は「生活」というわけです。

そういったことも、現場だけやっていれば身につくものでもありませんし、同じ職種同士なら悩みを共有したりもできます。そうした場として研修会が頻繁に開催されていました。

施設行事は、おそらくどこも1月、2月の間隔では行われていると思います。

春にはお花見に出かけ、夏にはお祭りをし、秋は紅葉、冬はクリスマスやお正月など…。

利用者さんたちは、それらの伝統的な行事や季節感のある行事を大事にしてきた人たちが多いです。

こんな仕事ですので、私などは年末年始も仕事でありおせちも食べたいものだけ買ったりしていますが、利用者さんたちは多種多様なメニューを全部手作りしていた、という方も多くいらっしゃいます。

また外出も外界の刺激を取り入れるのに有効で、あちこちに出かけて行って食事をしたり遠足に行ったりしています。

そういった行事の企画、実行もヘルパーの仕事の一つです。

新入社員の指導も任されることに

また年度初めになれば新人職員が入社してくる時期でもあります。

右も左もわからない、かつての自分のような新人たちに、自分がそうしてもらってきたように利用者さんへの接し方、介助の仕方、施設職員としての在り方を教えていきます。

人に教える、ということは簡単ではありません。

日々流されるまま業務をしていると、見落としがちになってしまうことも多いのです。

例えば利用者さんがエビ禁止となっていた場合。これがなんで禁止なのか?アレルギーなのか、本人の嗜好なのかがわかっていないと教えることができません。

要するになんでそうなのか?という根拠が自分の中で理解できていないと、教えているつもりで身に着けさせることができないのです。

そういうことが利用者さん一人一人違います。

介護の仕事は一つだけ覚えれば画一的にこなせるわけではなく、個別対応ができてこそ利用者さんからの信頼も得られるというものです。

このあたりが「生活」の専門家ならではであると同時に、難所でもあるわけですが。

教えるために再度勉強しなおす、これも指導するために必要なことです。

介護職を続けるうちに抱くやりがいと徒労感

頭をかかえる男性

そうした日常の介護業務をこなしながら、施設の仕事、研修などの施設外の勉強会などをこなしていくのは、初めのうちこそ戸惑ってばかりでしたがやりがいもあり、上司に認めてもらえるのが思いのほか原動力になったりもして、楽しさも感じていました。

また他の施設も集まっている場での、自施設の取り組みの発表会などもあり、自分が中心になってやってきたことを勉強のために聞きに来てくれている人たちの存在がことのほか大きな力になっているのを感じました。

しかし、やりがいだけ感じていたわけではありません。

それらの時間は業務内では取ることが出来ず、業務が終わった後にやるしかありませんでした。遅い時には日をまたぐ寸前まで会社に残っていたこともあります。

介護の仕事が負担なのは、こうした時間外の仕事の多さにもあると思います。

普通それらは残業の扱いになる所ですが、手当てが出るわけでもなく先輩にならえで疲れも溜め込んでいる毎日でした。

その頃はまだ実家暮らしで、家事などはもとより貢献度は低かったのですが、夜勤明けや休日も仕事にとられている状態でしたのでますますそれどころではなくなっていきました。

親にも、何度身体を心配されたかわかりません。

さらにこの頃は、研修の講師を任されることも増えてきてその準備にも余念がない状態でした。

研修の企画を提出し、修正の期限が2日後だったり、講師メンバーの都合ももちろん合わないので自分が無理をして合わせたり…

いま思い返すと、その時にしかできない無理をしてつじつま合わせをしていたような、辛い状態の中での仕事をしていました。

結婚を機に転職を決意

結婚式場の2人

そんな中、辛い中にも充実さも感じていた時、自身の状況に変化が有りました。

お付き合いしていた彼女と結婚することにしたのです。

彼女は介護の仕事に理解もあり、忙しい身の自分にも長いこと一緒の時間を過ごしてくれました。

この人と一緒にやっていくんだ、と心に決めた出来事でした。

それまでは収入の使い方も趣味とデート代、家に入れる分などとかなりおおざっぱで考えも浅かったのですが、これからは新しい家族のことを考えないとなりません。

このままの仕事、収入を続けて行って、これからの生活が大丈夫なのか?考え始めました。

収入についてちょっとお話しますと、総支給額は手当などもすべて含め平均26万程度、そこからもろもろ引かれて手取りは20万ほどです。

介護業界の収入としては少ない方ではないと思いますが、実は退職金、ボーナスは一切ありません。

ボーナスは各月に分配されているとの名目であり、退職金も月々5000円程度が特別支給枠で入ってきています。

また夜勤手当のみで月に4、5万円と、まとまった金額となり入っているのです。

もし年齢、体調などで夜勤が出来なくなると、それだけで15、6万となり、これで家族を養っていくことは厳しいように思えました。

私はやや古い時代の人間なのか、まずは自分だけの収入でやりくりしようと考えていたので将来に明るい展望など描けるはずもない現実でした。

その割には仕事量も多く帰りも遅く、家族との時間も取れないのははっきりマイナスであると認識するようになっていきました。

30目前にして、やりがいだけでは食べていけない、と改めて感じる転機になりました。

まず考えたのは他業種への転職

介護は、仕事自体はいいのですが収入は何処も低い場合が大勢を占めており、まずは他職種への転職を考えました。

何にするにしても新しいことを始めるには、30という年齢はぎりぎりのラインだと思います。

この年頃になると、企業側も即戦力を求める姿勢をはっきりとさせている所が多く採用自体も厳しくなってきます。

自然と資格を持っていることが条件だったり、経験者を募集していたりするためです。

新たな仕事のためとはいえ、実務経験を積んでから受験資格があるようなものや、収入アップのために下積みからやるのも本末転倒になり行き詰まっていました。

おおよそ絞ることができたのは輸送業、トラックドライバーなどです。

私は中型なら運転できること、将来的に大型免許を取ることが出来れば一般的に見ても高収入が望めることが理由です。

時間帯や拘束時間が長くなる点など家族持ち、そして子供が産まれたばかりの私たちには厳しかったのですが、収入には変えられない部分があることも事実だと、このときは思っていました。

その時点でのマイナスポイントは、転職直後では現在よりも収入が少なくなること、収入が増える前提というのも不確かで、上昇率も不透明という不安でした。

一時真剣に介護を離れようと考えていた私は、比較対象が出来たことで「ほんとうにこれでいいのか」、考えるようになりました。

転職の理由が収入とはいえ、新しい職場に行けば新しいストレスが当然あるでしょうし、自分を今より追い込むことになるのは目に見えています。

家族との時間を削って、見返りも保証できない足元の不安定さは、踏み出すのに一歩も二歩もためらうようになっていきました。

そして、介護の他の事業所の求人が目に留まりました。

新しい介護施設との出会い

介護施設内の風景

収入面ではやはり減少はするのですが、ボーナスも支給がありましたし退職金も多少なり実績があります。

そして職場も、結婚後移り住んだ隣の市からも近く、託児所が併設されていたので子供も預けることが出来ます。

今の職場から比べて、後ろ盾があるような、安心を感じるポイントがいくつもありかなり気になる職場になりました。

収入面でも、月々は減っても年収トータルで見れば意外といいところまで行き、それで補えない部分は妻も子供の事が落ち着けば働くから、と言ってくれたことでかなり前向きに考えるようになりました。

自分にとっても経験を活かせる職場だし、介護自体いい仕事だと思っていたので割とすんなり就職する意思が決まりました。

介護経験も長く、介護福祉士持ちということで採用も順調に決まり、現在は新しい施設に勤務しています。

新しい職場の職員たちも自分を受け入れてくれ、一から学ぶつもりで一日一日頑張っています。

これから転職を考える介護職の方へ

転職を考える介護士

最初、自分は稼いでさえ来れば家族の為になる、と思っていました。

妻も稼いできてくれたらそれも助かる、とは言ってくれていましたが子供を一人で見る時間の増大は間違いなくストレスとなり、新しい職場でストレスを抱えてしまうだろう自分の存在も負担になってしまうのではないかと思いました。

仕事をすることは大事ですが、そのために犠牲にすることも忘れてはいけないと思います。

いま休みの日に子供に絵本を読んだり、遊んだりする時間はプライベートまで仕事にとられていたころではなかなか取れない時間であり、かつ新たな職種への転職で余裕をなくしていれば、子供にもその姿を見せることになってしまいます。

収入面や結婚を機に転職について考えてきて、行動に移した今も何が正解だったか、答えを出すのは難しく感じています。

仮に今より高収入の仕事が出来ていれば、違った生活があったことと思います。

しかし不安から転職を考えはしましたが、これまで続けてきた介護という仕事もまだ自分の中で出来ること、やってみたいことなどのびしろがあったことも確かです。もう少し先までやってみたい、そんな気持ちも叶い、妻や子供と一緒にいる時間、家事などを行い、家庭に入れている時間等父親、夫でいられる時間がある今も、自分で選んだ後悔のない道だと思います。

これから先、自分と同じように介護からの転職を考える人たちに言えることがあるとしたら、それは結果どうなるにせよこれからを考えるときに必要な時間だということです。

自分がどういう生き方を選択するのか、なにを重要視するのかを整理する時間として、今を頑張ってほしいと思います。

ここまで読んで頂きありがとうございました。